北方学の展開―心の諸科学からの社会的貢献   煎本 孝

 北方学は北方地域研究であるとともに広く人間の研究でもある。北方文化を人類文化全体の中で位置づけながら、同時に「人間とは何か」という、より普遍的な問題の探究を行うからである。さらに、ここでは明らかにされた理論と理解に基づき、実践を通して人間の幸福に貢献することが重要である(煎本 1992: 12; 2004: 52-54; 2007: 97; 煎本、山岸 2007: 26-27)。
 研究の社会的貢献ということがいわれて久しいが、多くの場合、理系諸科学の応用分野に限られているようである。技術的発展や経済的裕福も人間の生活にとって必要であることは当然であろう。しかし、現実の人間と社会が直面する課題に対して、これらの分野だけで対処できるわけではない。むしろ、人間の心の諸科学からのアプローチ(煎本、高橋、山岸 2007)が必要なのである。高齢化、過疎、家族関係の変化に伴なう地域社会、医療、介護、看取り等の問題をいかに解決するかという、人々の日常の生活にそくした問題解決型の社会的貢献が重要なのである。このためには、単なる印象や希望的観測ではなく実証的データとその科学的分析に基づいた提言が必要になる。
 北海道旧産炭地域という厳しい自然的、経済的、社会的環境で、あるいは都会の高齢化の進む集合住宅で人々がいかに生活しようとしているのかを分析することにより、そこに社会を形成するために必要な互恵性という心が機能していることを抽出することができる。そのことにより、人間が本来持っているこの心の特性をいかにすれば、より大きく育て、より良く発揮させることができるのかということをデザインすることが可能となるのである。具体的な現実にそくして、行政機関との連携により、これらの提言を実行することができるのである。
 また、北海道の高齢者施設における介護を通した介護者と依頼者によって形成される社会において、物理的、医学的ケアだけではなく、心のはたらきがいかに係っているのかを分析することにより、両者の信頼関係やそれによってもたらされる幸福感を明らかにすることができる。そして、この結果に基づき、より良い介護の具体的な方法を、新たなシステムとして構築、提案し、実行することが可能となるのである。
 これらの結果には、北方地域としての北海道独自の特性が反映されるはずである。しかし、そのことが明らかになれば、同時に日本全国、さらには世界の他の地域においても、それぞれの地域の特性に応じた施策が展開できることになる。心の諸科学からの社会的貢献は、地域を越えた普遍性を持つのである。
文献
煎本孝
 1992 「北方学会の設立にあたって」『北方学会報』1: 11-12。
煎本孝
 2004 「北方学と人類学」『北方学会報』10: 52-54。
煎本孝
 2007 「北方研究からみえる人類学の今日的課題」『北方学会報』12: 96-98。
煎本孝、高橋伸幸、山岸俊男(編)
 2007 『集団生活の論理と実践―互恵性を巡る心理学および人類学的検討』札幌、北海道大学出版会。
煎本孝、山岸俊男(編)
 2007 『現代文化人類学の課題―北方研究からみる』京都、世界思想社
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Index研究課題1.北方文化研究の集大成>北方学の展開―心の諸科学からの社会的貢献


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